甲賀組第一部法然上人二十五霊場

かつての石部城跡に建つお寺「善隆寺」
善隆寺レポート

今回、訪れたのは、湖南市石部中央にある「善隆寺」です。旧東海道を見下ろすことができる絶好のロケーションのお寺。お寺の歴史や眼の病気に御利益のある観音さんについて、お話をお伺いしました。


石部城跡と歴史が繋がる善隆寺





現在の善隆寺の場所には、古くは「石部城」がありました。少し、歴史の話をしておきましょう。戦国時代に近江を治めていた六角氏は、安土にある観音寺山に本拠地を置いていました。彼に従っていた家臣、石部氏の城が「石部城」です。

しかし織田信長に観音寺城を追われた六角氏は石部城に逃げ、籠城したものの、負けてしまいます。石部氏も最後まで六角氏に従っていたため、敗北を機に城も失うことになりました。

そして、石部右馬允平家清が父母の菩提を弔うために建てたお寺が、善隆寺です。ただ、当時はまだ石部城が存在していたため、建立したのは別の場所です。江戸時代に、火事を恐れ、人家と離れた現在の場所に移転されました。

石部城の名残は、移転のときに無くしてしまったのではないでしょうか。現在、城の面影を感じるのは、高台にあることくらいですね。また、年配の方は今もこのあたりを「殿城(とのしろ)」と呼ばれています。昔、お城があったことを表す地名といえるかもしれません。





阿彌陀如来像と柳谷観音について





善隆寺の阿彌陀如来像は、平安時代につくられたものですが、お寺は400年前ぐらいからです。どこからか、この地に移ってこられたということだと思いますが、正確ないわれは不明です。

善隆寺の観音さんは、柳谷観音さんといいます。京都府長岡京市に柳谷観音さんがいらっしゃいますが、江戸時代には、気軽に行くことができる距離ではありません。地域の方がお参りできるようにと、分けていただき、現在も善隆寺でお祀りしています。本家の柳谷観音さんもそうですが、眼の病気に御利益のある仏さまです。

今は観音堂としてだけではなく、納骨堂としても使っています。お参りに来られる方も多いです。





善隆寺の寺号・院号・山号、お寺の未来について





善隆寺の山号は「石部山」です。石部の地ですからね。そして院号は「専嶽院」。お寺を建てた方の院号です。善隆寺は、お父さんとお母さんの戒名から1文字ずつ「善」と「隆」を取って、名付けられたといわれています。

善隆寺は高台にあるため「敷居が高い」といわれることがあります。そこで手すりを付けたり、車でも来やすいように駐車場を整備したりしました。目指しているのは、開かれたお寺、気軽に来ていただけるようなお寺です。檀家さんはもちろんのこと、檀家さん以外の方もきていただけるようなお寺にしていきたいですね。

10年ほど落語会をやっていたこともあります。そのときには、年に1回、檀家さんも一般の方も大勢来てくださって、本堂に100人くらい。運営側の事情で終わってしまいましたが、また再開できればと考えています。

No.17番
本霊場二尊院
寺院名善隆寺
所在地湖南市石部中央2-5-46
連絡先電話番号0748-77-2347
FAX