甲賀組第一部法然上人二十五霊場

阿弥陀如来像の黄金の腕伝説「常照寺」
常照寺レポート

今回、訪れたのは、湖南市三雲にある「常照寺」です。常照寺の歴史や、寺に伝わる阿弥陀如来像の「黄金の腕」伝説について、お話をお伺いしました。

常照寺の歴史について





常照寺が建立されたのは、天文12年(1543年)のことです。もともとは、現在の公民館が建っている場所にありました。昔は閑静な地や山谷を切り開いてお堂を創建することが多くあり、山は信仰の対象で神聖な場所であったとされ、多くの寺院には山号がついているといわれています。ちなみに常照寺の山号は「龍登山」といい、本堂の入り口に掲げてあります。

宝暦6年(1756年)9月16日の夜、豪雨で土石流が発生し、多くの家屋とともに常照寺も流されてしまいました。田畑の7割が川のようになり、現在の国道1号線まで土砂が及んだそうです。

この大災害のことを「妙感寺流れ」と呼び、昭和28年の13号台風の際の犠牲者と合わせて、その後、毎年9月25日に近くの明喜神社にて、地域の住民が慰霊と今後の安全を祈願するようになりました。

宝暦8年(1758年)、本堂に使っていた探された材木と新たな材木を使い、迎岸上人によって、現在の地に建立されました。約250年後、平成16年(2004年)3月に当山第二十九世定然上人によって再建されました。






阿弥陀如来像「黄金の腕」伝説





「妙感寺流れ」の際には、ご本尊の阿弥陀如来も土砂と一緒に流されました。その後、災害の後始末もようや一段落したある夜、三雲の中心を流れる荒川の中ほどの泥の中からキラキラ輝いているものがあり、翌朝、近づいてみると、それはご本尊の阿弥陀如来像の片腕でした。

掘り出した阿弥陀如来像は、殆ど砕けることもなく美しい原型を保ったままの状態だったそうで、その後、本堂の再建時に安置されたといわれています。夜の闇と泥の中で金色に輝いていたご本尊の腕は、居場所を知らせた「黄金の腕」として語り継がれています。






常照寺の鐘楼(釣鐘)





常照寺の鐘楼は宝暦5年(1755年)に作られたとされています。第二次世界大戦中、各寺院の釣鐘は弾薬等の製造のために強制的に没収されました。常照寺の釣鐘も例外ではありませんでした。終戦後、三雲の園養寺のご住職が自分の寺の釣鐘を探しに、検査を行なう製錬所があった香川県の直島に足を運ばれました。その後、ご住職から常照寺の鐘楼が無傷で残っていたとの連絡があり、当時の檀家さん数名が四国まで出向き、常照寺の釣鐘であることを確認したそうです。

約半年後、無事に持ち帰り常照寺の現在の場所に掛けられました。鐘の側面には今も材質検査跡と思われる数個の穴が開いています。


No.7番
本霊場一心寺
寺院名常照寺
所在地湖南市三雲1945番地
連絡先電話番号0748-72-0505
FAX